今年も桜が満開に咲いた。
 桜を見るたびに、あれを思い出す。僕があれに初めて出会ったのは、まだ学生の頃だった。もう随分と昔の様な気もする。しかし、考えてみるまでもなく、僅か三十年しかたっていない。あのころ僕も若かったし、世間もやれ二十一世紀だ、やれサッカーのワールドカップだと浮かれており、そのせいか、あれの意味を深く考えるようなことはしなかった。もちろん、たとえ考えたとしても、どれだけの違いがあったのか、はなはだ疑問だけれど、、、。
 梅雨も明け、どっしりと重そうな入道雲が毎日のように湧き上がっていた夏のある日のこと、僕は郊外のダム湖へ釣りに出かけた。その年は近年にない渇水で、普段なら水面下に沈んでいる岸辺が干上がり、ぐるりと周りを歩くことができた。それで普段は行けない対岸へ足を伸ばし、あちこちロッドを振りながらポイントを探しているうちに、小さな流れ込みにぶつかった。大木が何本も重なり合って倒れ、その下にはいかにも大物が潜んでいそうな気配だ。しかし、いくらしつこくストリーマーを投げ、舐めるようにぎりぎりをひいてきても、生き物の応答がない。それどころか水の中には枝が隙間なく張り巡らされているようで、三回に一回の割合でフライを取られてしまった。
 諦めて次のポイントに行こうとして、この小さな流れが気にかかった。川幅はさしてないのだが、澄んだ水が思いのほか厚く流れている。
 ひょっとして、いい魚がこの流れにさしているかも。
 それで、僕は壁のように密生する薮をかき分け、上流へと足を進めることにした。
 暗い木立の中は枝が入り組んで、釣りどころではなく、無理にロッドを通しながら歩かなければならなかった。これは失敗だったかと思い始めたころ、いきなり、ポンと草原に出た。牧場のようだ。木立と草原の境には太い針金のフェンスが渡してある。僕はそれを跨ぐようにして越え、ようやく釣りになりそうな予感に、期待とともに流れを覗き込んだ。
 そっと上流を窺う。姿勢を低く保ち、身体を硬くして見ていると、岸から水面へと垂れた草のすぐ横で柔らかな波紋が広がった。魚は岸のえぐれに陣取り、時折流れに身を乗り出して餌を摂っているようだ。
 穏やかな流れは、いく筋もの皺がよるくらいで、盛り上がりも窪みもせず滑らかに動いている。フライが水面に接しただけで、魚を驚かしてしまいそうだ。湖用の大掛かりなロッドしか持っていないことが悔やまれた。ベストのポケットを漁り、ティペットを細いものに替え、いつもより長めにすることでどうにか誤魔化すしかなかった。
 フライは、小さなウィングだけを空中に突き出し、ボディが水面からぶら下がるやつを結ぶ。
 キャストをしようと、一歩足を踏みだした。途端に足元から黒い影が走り去っていった。
「近寄りすぎじゃよ」
 突然の越えに後ろを振り向くと、作業服姿の老人がいた。
「つい、遠くのものがよく見えて、足元が疎かになる。一歩前に出れるということと、出た方がよいというのは別のことじゃ」
「おじさんも釣りをするんですか」
「最近はあんまりやらんのう」
「あの、ここ、おじさんの牧場なんですか」
「いや、わしはここで働いとるだけじゃ。ほれ、また、なにか食いおったぞ」
 僕は老人の言葉に、川面に眼を戻した。銀色に光る川面にうっすらと丸い波紋が広がっている。今度は老人の忠告にしたがって川に近寄らず、慎重に、丁寧にロッドを振り、こわごわフライを投じた。
 臆病さが距離となって現れ、狙ったところの少し手前、垂れ下がった草の下流にフライは落ちた。しかし、よほど腹が空いていたらしく、フライがたてた微かな水音に魚は敏感に反応し、わざわざ下流へと反転しながら、フライを追い食いしてくれた。
 魚がこちらを向いているときの合わせは難しい。うまく鉤に乗ってくれよ。そう祈りながらロッドを立てる。
 腕に重みを感じ、よしと思った瞬間、魚が水面から躍り上がった。先ほど足元から逃げたやつより一回り大きい。硬めのロッドに細いティペットを使っているから無理はできない。ロッドがティペットに勝っているのだ。魚の衝撃をロッドが吸収しきれない。魚がごつごつと頭を振るたびに、ティペットが切れはしまいかと冷や冷やする。ようやくのことで近くまで寄せ、ネットで掬い上げた。
 ん?
 ネットの中で暴れているのは、三十センチは優に越える、頭が小さく背中とお腹の丸い立派な鱒だった。しかし、ニジマスだとばっかり思っていたのに、側面にはくっきりとパーマークが出ている。
 ヤマメだったのか。それにしては、でかいな。
「ほほう、立派、立派」
 老人が嬉しそうに手を叩いた。僕は、少し照れながら、魚を流れに戻した。
「学生さんかい?そうか。なら、ここでちょっと人を探しとるんじゃが、しばらく働いてみんか?」
「え、バイトですか」
「ああ、わしの嬶の塩梅が良くなくて、街の病院に入ることになってな。二週間ほどわしの代わりになる人を探しとるんじゃ。よかったら、今、これから行って、所長さんに紹介するから」
 僕は、老人に誘われるままに、彼の後を付いていった。川に沿って五分も進んだところで小道にぶつかり、横には小さな側溝が流れている。それに沿って折れ、しばらく歩くと金網で囲われた小さな白い建物に行き着いた。建物の前には、細長いドーナツ型のプールが四つほどあり、銀色の太いパイプが数本、プールからプールへと走っている。男の後を追ってその脇を建物に向かう途中、何気なく覗き込むと、小魚が真っ黒になるほど群れていた。どうやら、ここは養鱒場らしい。
 建物に入ると、中にはコンクリート製の水槽があり、縁から水があふれ出ていた。水槽の底近くには、小指にも満たない小さな魚が何十匹とゆらゆら漂っている。稚魚だ。ニジマスだろうか、ヤマメだろうか。好奇心に駆られて視線を巡らすと、部屋の片隅には、白いトレーが何段も積み重ねられてある。しばらく前まで受精卵が入っていたに違いない。
 老人は部屋の奥のドアをノックし、中から出てきた小太りの男に時折僕の方を振り返りながらなにか話している。
 しばらくして、老人は僕に目配せをして別のドアに消え、小太りの男がこちらに歩いてきた。
「君かい、佐伯さんの代わりに働いてもいいって言うのは?」
「はい」
「学生だって?」
「ええ、ちょうど夏休みで」
 小太りの男は、そうかと呟き、思案顔になった。
「じゃぁ、もしよかったら、明日からでもいいから来てくれないか」
 それで、その日僕は老人のおかげで、魚ばかりか養鱒場のバイトまで釣り上げることができたのだった。

 小太りの男、村上さんが僕にくれた仕事は、場内の掃除、手入れが主だった。ドーナツ型のプールに入っている十センチほどの幼魚を全て網ですくい、空のプールに移す。そして、魚のいなくなったプールをよく洗ってから、水を完全に抜き、乾し上げる。あるいは幼魚にやるための飼料を倉庫から建物に必要な分だけ移し、決められた分量のオイルを塗して、一晩放置しておく。あるいは、場内の芝刈り。早い話が、力仕事、単純な仕事、誰でもできる簡単な仕事は全て僕に回ってきた。下男という言葉が似合いそうなバイトだった。
 忙しく働きながら、養鱒場にしてはあまりにも小さく、その割りに働いている人の数が多いと不思議に思っていたら、しばらくして村上さんやその他の人と交わした会話から、ここは養鱒場ではなく研究所だということがわかった。ただし独立した研究所ではなく、どこかの会社の一部らしい。ここで育てた鱒を出荷するのではなく、養鱒場に卸すための新しい種魚の開発をやっているのだそうだ。
 僕も釣り好きの端くれ、魚のこと、特に鱒には興味があるから、機会を見つけては話を聞かせてもらった。ひょっとしてなにか面白い魚の習性でも教えてもらえれば、それが釣りに結びつくかもしれないというスケベ心がもちろん根底にある。
「いや、ここでやっているのは、魚の行動の研究じゃないからね。そっちの方面だったら、釣り人の君の方が良く知ってるんじゃないかい」
「そんなことないですよ、こうやって毎日鱒を見てる人のほうが詳しいですよ。僕なんか、釣りをしててもたまにしか出会えませんから」
「でも、うちの仕事は、短期間で大きく育ったり、病気に強かったり、安定して供給できる魚を作ることだからなぁ。ここにいる鱒だって、全部、雌だし」
「え?雌ばっかりなんですか」
「まぁ、形の上では雄もいるんだけれど、遺伝子型ということで言ったら全部雌だ」
「それで、どうやって子孫を作るんですか」
 何も知らない僕に村上さんは面倒臭がりもせず、いかにも研究者らしく几帳面に説明してくれた。ただ、第一卵割阻止だの、第二極体放出阻止だの分からない言葉がポンポン出てくる。あまりしつこく聞くのも悪いと思ったので、後で自分で調べるつもりで、とりあえず単語だけ覚えておいた。
 バイトが終わり、家に帰ってから、さっそくインターネットで検索をかけてみた。
 出てくる、出てくる。研究者の論文から一般向け解説まで、かなりの数の資料がネット上にあった。
 それをあちこち拾い読みしながら、僕は愕然としてしまった。
 遺伝子操作がここまで広く行われているとは思いもよらなかったのだ。
 たとえば。
 アマゴは成熟するのに普通は二年かかる。しかし中には一年で成熟するものもあり、それらは成長も早い。この一年で成熟するもののほとんどは雄である。だとしたら、生まれてくるアマゴが全て雄になるようにすれば、効率良く大きく育てて出荷できる。果たしてそんなことができるのか。
 これができるのだ。
 アマゴは、人間と同じく、雄がXY、雌がXXの遺伝子を持っている。それぞれを掛け合わせると、雄と雌が半々の割合で生まれてくる。そこで、遺伝子がYYの超雄と呼ばれるものを作ってしまえば、生まれてくる子供は全てXYの雄になる。超雄YYを作るには、まず卵にガンマ線をかけ、卵の遺伝子を駄目にしたうえで精子を受精させる。このままでは遺伝子が半分のものができ上がってしまうので、卵が二つに分裂する第一分割期に圧力、あるいは高温にして分割を阻止する。そうすれば、X遺伝子の精子が入ったものはXXの雌に、Y遺伝子の精子が入ったものはYYの超雄になるというわけだ。この超雄と普通の雌を掛け合わせると、生まれてくるアマゴはXYの遺伝子を持ったもの、つまり全て雄になる。
 しかし、それだけではない。超雄を作るには、毎回ガンマ線をかけ、第一卵割阻止を行いと、手間がかかるうえに、生まれてくるものの半数しか超雄にならない。もっと簡単で効率のいい方法はないか。
 これも、ある。
 超雄の稚魚に雌性ホルモンを与えると、遺伝子はYYの超雄でありながら、性転換して卵を作るいわば偽の雌になる。これと超雄を掛け合わせれば、父もYY、母もYYなので、生まれてくる子供は全てYYの超雄ばかり。超雄の大量生産である。
 あるいは、たとえば。
 アユは年魚と呼ばれるように、一年で成熟し死んでしまう。そこで、なるべく成熟を遅らせ成長を続けるように、電灯をともし、日照時間があたかも長いかのようにしたりする。
 普通のアユは、人やアマゴと同じように、XX(雌)あるいはXY(雄)のように二つの染色体を持っている。この雌のうち、染色体を三つ、XXXと持つものは成熟することなく成長を続けるので、普通のアユが死んでしまうころにもまだ生き残っている。
 ならば、それを作ればいい。
 魚の卵は、受精前にはまだ染色体が二つ、XXのまま残っている。これが受精後、余分な染色体Xが第二極体として捨てられ、残りの染色体が精子の染色体と合わさり、通常の二つになる。この第二極体が今まさに捨てられようとするときに卵に圧力、あるいは高温をかけると余分な染色体は捨てられることなく、そのまま卵は三つの染色体を持って成長する。もし、精子がXならXXX、YならXXYの三倍体と呼ばれるアユができるわけだ。
 XXXの三倍体雌アユは成熟することなく成長を続けるが、XXYの三倍体雄アユは通常のアユのように一年で成熟してまう。そして、この方法では、XXXの三倍体雌とXXYの三倍体雄が半々でき上がってしまう。これでは歩留まりが悪い。せっかく第二極体放出阻止という処理をしても、半分は一年で成熟するのでは無駄が多すぎる。どうするか。
 簡単である。
 アマゴのYYの雄をホルモンで雌にしてしまったように、普通なら雌になるはずのXXのアユを同様に雄にしてしまえばよいのだ。これなら、精子は全てXしかないから、生まれてくる子供は全てXXを持った雌になる。そして、受精直後に第二極体放出阻止の処理をすれば、全てが雌で三倍体のアユが大量に作れる。
 さらに、たとえば。
 夏場に水温が上がると、ニジマスは死んでしまったり、あるいは餌を摂らなくなったりする。しかし、中には水温の上昇にも強い個体がある。これは遺伝的に決まっているだろうから、この系統のニジマスをなんとか増やせないものだろうか。しかし、掛け合わせをやっていると、世代交代に時間がかかるし、その途中でせっかくの形質が消えてしまう可能性もある。どうするか。
 高水温に強いニジマスを、そのままそっくり拡大再生産、つまりクローンを作ればよいのだ。
 まず、高水温に強いだろうと思われる雌を選びだす。その卵に、紫外線で遺伝子を駄目にした精子を受精させる。そして卵が二つに分かれようというときに高水温、あるいは水圧をかけ、卵割を阻止する。これで、雌の遺伝子Xだけをもった子供、XXができ上がる。これは全て雌だ。次にこの生まれてきた子供を高水温にさらし、生き残ったものを親として、先程と同様に紫外線で遺伝子を駄目にした精子を受精させる。受精後に、卵にもとから二つ入っているXが捨てられないよう圧力をかければ、親とまったく同じ遺伝子を持った子供、つまりクローンの誕生である。親と似ているのでも、親の血を引いているのでもない。親と寸分たがわず、何から何までまったく同じなのだ。
 そしてさらに、ヤマメの三倍体があり、アユの四倍体が作られ、タナゴの雑種の三倍体が存在した。調べれば調べるほどいくらでも出てくる。サクラマス、ヒラメ、鯉、、、。人の手で養殖されていて、染色体操作をされていない魚はいないのではないか。そう思うくらいだった。

 僕は、ダム湖へと流れ込む小川で釣った魚を思い出した。ニジマスのようなヤマメのような不思議な魚。あれもこうしたバイオテクノロジーで創り出されたものなのだろうか。
 翌日、バイト先でそれとなく村上さんに尋ねてみた。
「いや、そんなはずはない、はずだけどなぁ。ここからは魚はおろか卵すら流れ出さないように何重にもろ過装置が取り付けられているし、、、。それ、どんな魚だった?」
 僕は、あの日釣った魚を思い出しながら、なるべく詳しく説明した。
「うーん。一度、網を掛けて調べる必要があるかもなぁ」
「じゃぁ、やっぱりあれはニジマスとヤマメの掛け合わせなんですか」
「交配種じゃなくてキメラだ。それもヤマメじゃなくてニジマスとブラウンの」
 ニジマスは、一生のうちに複数回の産卵をするものの、一度産卵ができるまでに成熟してしまうと、その時点で成長を止めてしまう。それに対しブラウントラウトは、産卵を繰り返しながら、成長も続ける。この二つを組みあわせることはできないか。それで、ニジマスの性ホルモンと成長ホルモンを司る遺伝子を、ブラウンのそれと入れ替えてしまったのだ。これによってでき上がったキメラニジマスは、産卵を繰り返しつつ年ごとに大きくなっていくらしい。
「そんなことができるんですか?」
「実物を見てみるかい?」
 村上さんが、いつか老人が消えていった奥のドアを開けた。
 村上さんに続いて入った部屋は窓一つなく、そのかわり、天井に蛍光灯が何本も眩しいくらいに瞬いていた。ガランとした部屋の中央には大きな円筒形のプールが据えられてあり、真ん中の小さな塔から、噴水のように水が注がれている。深さは僕の肩くらいだろうか。近くに寄って、そっと覗き込んでみた。
 底にそいつはいた。一メートルは優に越えている。今までに見たことないくらい大きなニジマスだ。揺らぐでも泳ぐでもなく、じっとして静かにして、時折えらぶたを動かしている。
「一尾だけなんですか?」
「ああ、とりあえずはね。卵さえ取れれば、いくらでもクローンが創れるから」
 僕は巨大なキメラニジマスを見ながら、複雑な気持ちだった。こんな大きな魚を釣ってみたいという想いと、人工的に作りあげられた生物に対する危惧とが入り混ざり、なかなか自分の考えが持てない。
「でも、クローンて大丈夫なんですか。自然に悪影響がでるとか」
「ははは。それは問題ない。クローンはそれだけじゃ増えたりしないし。僕たちが自然と思っているものの中にもクローンはいくらでもある。例えば、春の自然と言われたら、何を思い浮かべる?」
「サクラ、ですか」
「うん。桜といえば、ソメイヨシノだ。実は、あれもクローンなんだよ」
「え?」
「エドヒガンを母に、オオシマザクラを父に生まれたのがソメイヨシノでね。花が咲いても実は生らない。だからそれを接ぎ木、挿し木で増やしてきたのが、今の姿なんだ。つまり日本中、いや、世界中に何万本とあるソメイヨシノは、全て同じ遺伝子を持っているんだ」
「たった一本から始まったんですか?」
「そうなんだ。まったく同じ遺伝子を持っているクローンだからこそ、気温などの環境条件に同じように反応して一斉に花が咲くのさ」
 桜の美しさが、クローンという言葉から受ける薄気味悪さをいくぶんか薄め去った。
「このでっかいニジマスが川に放されたら、釣り人は喜ぶかも知れませんね」
「そうだな。そういう売り方もあるか。いや、このニジマスは、産卵を繰り返しつつ大きくなるから、抱卵数もそれにつれて増えるのが狙いなんだけど。そうか、釣り人に対するアピールもできるか」
 村上さんは、うんうんと一人でいつまでも頷いていた。

 あれから、三十年という月日が流れた。
 僕は、五十の峠を越え、髪もすっかり白くなってしまった。足腰ばかりでなく、身体の節々にガタが来ている。そのせいもあって、釣りにいかなくなって久しい。しかし、なによりも川に出かけようという気が起こらなくなった。
 つまらないのだ、釣りが。
 釣っても、釣っても、どれも同じ魚。うちの近所はもちろん、日本中どこの川に出かけても、あれの子孫、いや、あれそのもの、クローンばかりだ。
 斑点の位置、数といった見かけが生き写しなだけではない。行動まで似たり寄ったりなのだ。水温、虫のハッチ、釣り人が与えるプレッシャー、そのほか様々に移り変わる外界の刺激に対してどのように反応するか、それが同じなのだ。だから、最近ではキメラニジマスの釣りマニュアルがよく売れるらしい。「ジーンタイプ別 ニジマス完全マニュアル」
 そんなタイトルだったか。馬鹿らしくて、買う気にもならない。
 もし、あの時、僕があれを殺していたら、あるいはなにか違ったのかも知れない。
 ふと、そう思うときがある。
 けれど、やはり何も変わらなかったろうとも思う。
 いずれにせよ、誰かが別の場所で、同じあれを作りだしていたろうから。

(初出 フライフィッシャー誌2001年10月号)

 

「釣り師の言い訳」に戻る