松田の家にそれが届いたのは、大通りの桜並木がちょうど満開の頃だった。
 全部で大小の段ボール箱が三つ。
 妻に手伝ってもらって、自分の部屋に運び込む。
 一体何が入っているのだろう。
 いぶかりながら、一つずつ箱を開けてみた。中から出てきたのは、表紙に番号の振られた三冊の分厚い大学ノート、束ねられた色とりどりのコード類、コンピュータ、モニター、そして一通の手紙。
 本間の父からだった。
 本間が死んだのは、もう先月のことになる。本間の遺品を整理していた父親が、遺言のようなものを見つけ、それに従って松田にこれらの物を送ってきたのだ。
 松田と本間は、ある地方大学の医学部で同期だった。在学中は、もちろん顔を合わせれば話くらいはしたが、特に親しくしていたわけでもない。卒業後は、松田は故郷の市立病院の脳外科へ、本間はそのまま大学に残り研究職へと、それぞれ別の道を歩んだため年賀状のやり取りすらなかった。卒業から数年後、たまたま開いた学会誌に本間の論文を見つけ、彼が相変わらず母校の第二生理学教室で神経生理学を研究していることを知ったくらいだ。
 だから、なぜ、本間が彼にこんなものを残したのか、見当も付かなかった。
 本間の父の手紙には、生前息子が世話になったこと、松田が送ったお悔やみに対するお礼、そしてこの遺品の処分は松田に一任することが書かれてあった。
 遺品の処分?なんともおかしな言い方をするものだ。それに本間が死んだ時も、身内だけで葬儀を済ませ、その後ようやく死亡を知らせる葉書を送ってきたし、、、。知られたくないような何かがあるのだろうか。
 松田は、コンピュータを繋ごうか一瞬迷ったが、1と表紙に太く書かれたノートをまず手に取った。そこには、本間の几帳面な字が、びっしりと埋め尽くすように並んでいた。

 

 僕がこのノートを記すのは、ある種の予感のようなものがあるからかも知れない。
 それは、堪らなく甘美で、僕を捕えて放さない至福の終末だ。快感の極みにある深い静かな闇だ。
 まだそこに至る前に、こうして文章が書けるうちに、こうしてこちらの世界に居ることが分かっているうちに、記録を残しておこうと思うのだ。
 残す相手に君を選んだのには、特別な理由はない。ただ、誰か決めておかないと、うやむやになって、そのまま捨て置かれても嫌だから。それだけだ。悪く思わないでほしい。
 ことの起こりは、猿の脳に微小電極を刺し入れ、神経細胞に電気的刺激を与え、その反応を測定していたときのことだ。
 君も知っている通り、脳のある特定の部位に刺激を与えると、被験者は刺激を与えられた場所に応じた反応を示す。手や足を動かすといった肉体的なものばかりでなく、悲しみ、歓びといった感情的な場合もある。その時僕が電極を刺し入れた部位は、猿に幸福というものがあるのなら、これがまさしくそうだろうと思わせる反応を示したのだ。それまで神経質そうに目を動かしぎゃぁぎゃぁと騒いでいたのが、そっと瞼を下ろし、ちょうどグルーミングをされているような穏やかな表情に変わったのだ。
 それを見て、僕はふと考えた。これをなんとか人間に、もっとはっきり言うなら、自分に適用できないものだろうか。
 その頃僕は、五年も付きあっていた女の子に振られ、精神的にかなり参っていた。酒でも飲めればまだ気が紛れてよかったのかも知れない。けれど、学生時代の酒席での痴態を見た君は知っているだろうが、僕は酒は全く飲めない。アセトアルデヒド脱水素酵素が少ないのだ。
 それで猿の脳でやったように、電気的な刺激を自分の脳に与え、悲惨な精神状態からどうにか抜け出せないだろうかと考えたのだ。もし僕が脳の神経回路の電気的研究でなく、薬学的研究でもしていたなら、きっとリゼルギン酸ジエチルアミド、LSDあたりを化合していたところだと思う。
 感情を司っているのは大脳辺縁系だから、そこに電気的な刺激を与えてやればいい。そこまでは分かっている。しかし問題は、どうやって刺激を送り込むかだ。まさか猿のように、頭蓋骨を切り開いて微小電極を埋め込む訳にも行くまい。なにせ施したい相手は自分なのだから。頭を固定しておいて、ビデオカメラの映像を見ながら、自分で自分の頭部手術をすることも理論的には可能だろう。しかし、現実的には無理だ。
 電極を埋め込むことなく、脳の特定部位を刺激する方法。
 僕は毎日暇さえあれば、この問題を考え続けた。心の底から脳に電気刺激を流し込みたいというより、むしろ何かに没頭して、やり切れない現実から逃避していたかったというのが本当のところだろう。
 それがある晩、官舎の狭い風呂に入っていて、突然閃いたのだ。
 右手と左手で水面を叩くと、起きた波は同心円上に広がってゆく。そして、二つの波がぶつかったところで、波は高くなる。これをもし三次元、人間の頭でやればどうなるか。両耳の上にそれぞれ電極を付け刺激を流せば、二つの電極を結んだ直線の中間点を中心に、同心円上に波の高まりは広がってゆくはずだ。
 ここまで書けば、脳外科医の君のことだ、察しはついたろう。そう、これと、神経軸索の閾値を組み合わせるのだ。神経軸索は、電気刺激を与えられればそれだけで信号を発するものではない。ある程度より小さい刺激では全く反応しない。そして、ある値、閾値を越えた刺激を与えられると、初めてスパークする。つまり、それぞれの電極から与えられる刺激を、単独では閾値より小さく、しかし二つが重なると閾値より大きくなるように設定するのだ。そうすれば、刺激の波が重なったところにある神経だけが反応するようになる。もちろん、電極の数が二つでは、同心円上にある神経細胞全てを順番に刺激してしまう。それを避けるには電極の数を増やせばいい。全ての波がただ一点だけで重なるようにするには、同一平面上にない、少なくとも四つの極があればいい。両耳、額、頭頂部だ。そして、さらにそれぞれの電極から出る刺激に時間差をつければ、波の重なる位置も変わるから、脳内のどこでも、しかも望んだ場所だけで反応に必要な刺激の高まりを作れる。
 原理的には単純だが、もちろん実用化はそう簡単ではなかった。たとえば三つの波の合計では閾値より低く、かつ四つでは明らかに閾値を越えるように刺激値を設定するのはむずかしい。なにせ刺激は脳内を走る段階で減衰するし、神経細胞ごとの閾値のブレもある。でも、そうした問題もひとつひとつ取り組むことで、どうにかクリアすることができた。

 

 松田は、ノートを貪るように読んだ。脳のどの部位を、どのくらいの頻度で刺激するのか。刺激と反応の集積から、脳内マップを作るにはどうすればいいのか。さらに、刺激を一点でなく、次から次へと違う部位に与えた場合の反応などが事細かに記録されていた。
 松田は、改めて箱から出されたコードの束に目をやった。コンピュータ関係のコードだろうと思っていたのだが、これこそが脳に刺激を与える電極だったのだ。ノートに書かれていた説明に沿って、コンピュータ、モニター、電極を繋いでみる。そして、2と大書きされたノートを開いた。

 彼女に振られた悲しさを払拭するために、辺縁系に刺激を与えること。それがそもそもの始まりだった。けれど、途中から研究者としての好奇心がうずきだし、次第に脳の様々な部位を、しかもほぼ同時に二ヶ所以上の場所を刺激するようになった。
 玩具が一杯入っている箱、けれど何が入っているのか分からない箱に恐々手を入れる子供みたいなものだ。新しい結果が出る度に、驚愕し、歓び、また違うところに手を伸ばしてみる。
 そんなある日、僕は突然例えようもない幸福感、世界と一つになった一体感に包まれながら、彼女といた。そう、僕を振って、他の男のもとに走った並貴がそこにいたのだ。前頭葉をいろいろ探るうちに、僕は記憶中枢に辿り着いたらしい。記憶を蘇らせると言っても、思いだすのではない。もう一度、その体験を生きると言った方が正確だ。事実、僕は、並貴と一緒にいたことを思いだしていたのではなく、本当に、あくまでも僕にとっては本当に並貴といたのだから。
 まるで快感中枢に電極を入れられた猿のように、僕は同じ部位を刺激し続けた。飽くことなく、並貴の記憶の中をさ迷った。
 そして、とうとう僕は記憶の再生だけでなく、新しい記憶の捏造とでも言うのだろうか、脳内世界で生きる方法を見つけてしまったのだ。記憶に関する部位、感覚知覚に関する部位を同時多発的に刺激することで、僕の記憶の中にある物どもを素材として、それを組み合わせ直し、一つの全く別の世界を作る方法を手に入れたのだ。ちょうど日記に書かれた文章をばらばらに切り離し、新しい物語を作るように。
 物語の中に放り込まれる、それは、夢を見ているようなものだった。外界からの情報は何もなく、全て脳の中で起きていることなのだけれど、知覚主体の僕からすれば、ありとあらゆるものが、世界のなにかもが現実としてそこにあるのだ。夢と違うのは、全てがコンピュータで制御された電極からの刺激で成り立っていることくらいだろう。食事をし、テレビを見、本を読み、街を歩きといった生活を成り立たせている知覚の全てが、脳内で作り上げられた。認識している僕には、それが電極からの刺激による脳内のものなのか、それとも感覚器官を通して入ってきた脳外のものなのか、区別する術はない。
 このところ、脳内世界での生活時間が長くなってきている。ひょっとすると、脳外世界に居るよりも多くの時間を費やしているのではないかと思う。考えてもみて欲しい。脳外世界も脳内世界も僕にとっては全く同じ。ただ違うのは、脳内世界では並貴が僕の横にいる、それだけなのだ。そしてなんと大きな違いであることか。
 今いる世界が脳内なのかそれとも脳外なのか、それを区別するのは並貴が隣にいるかどうかしかない。それで僕は時間があれば並貴と話し、並貴と笑い、並貴と食事をし、並貴と生きている。

 

 松田は、恐る恐るコンピュータのスイッチを入れてみた。パーンという起動音に続き、チャリチャリと微かな音をたててハードディスクが回り始める。起動が完了するまでの間、松田は再びノートを手に取り続きを読み進めた。そこには、本間が「並貴」と過ごした素晴らしい時間のことが延々と綴られていた。興奮しているのか、几帳面だった本間の字が、所々乱れている。
 ようやくモニターに現れたアイコンをクリックしてみる。システムの他には、たった一つのソフトしか入っていない。それが本間の作った脳刺激用のプログラムであることは明らかだ。けれどいきなりそれを走らせるのはなんとなく躊躇われた。不安でもあった。しばらくの間、モニターを睨むように見据える。が、とうとう松田は意を決して、ソフトのアイコンをクリックした。
 ジリジリとハードディスクが鳴り、ソフトが立ち上がる。
 最初に出てきたのは、「電極が頭にしっかり付けられているか、確認してください」というメッセージだった。
 それを見て、松田は再び躊躇した。
 本当に大丈夫なんだろうか。脳に電気的刺激なんか与えてしまって、取り返しのつかないことになりはしないか、、、。
 コードを見つめたまま、松田は微動だにしない。けれど唇をぎゅっと噛むと、とうとう電極に手を伸ばした。緑のコードを右耳に、赤を左耳、黄色を額、そして青を頭頂部に付けていく。
 深呼吸を一つして、マウスで、「OK」を押す。次に出てきた画面には、たくさんの選択肢が並んでいた。
「初めてのセッションですか」 Yes
「脳内マップを作りますか」 Yes
「マップを保存しますか」 Yes
 一つ一つ確かめつつ、慎重に選んでゆく。最後にあったのは、脳内世界にどのくらい留まっているかという選択肢だった。一番短い、十五分にチェックを入れる。
「必要事項は全て記入されました。横になって、キーボードのいずれかのキーを押してください。」
 松田は、電極のコードを外さないよう、そっとベッドに仰向けになり、そして、右手を伸ばして、キーを叩いた。
 ファンの唸りともに、ハードディスクの忙しく回る音が、静かな部屋の中に流れる。妻は三歳になる娘の沙耶香を連れて買い物に行っているので、家の中には誰もいない。遠くを走る車の音が、低くくぐもって聞こえる。
 天井をぼんやりと眺める。横目でモニターを見やると、いつの間にか画面が消え真っ黒になっている。しかし電源が落ちてしまったわけではないのは、相変わらず回り続けるディスクの音で分かる。多分、電極は刺激を与えるだけでなく、脳波を測定することもできるのだろう。そして、今はきっと脳内の様々な部位に探査信号を送り、その反応を測定しているに違いない。一度脳内マップを作り上げたら、それに基づいて、いよいよ脳内世界への旅が始まるはずだ。
 十分もそうしていたろうか。
 一際高く、ハードディスクが音をたて始めた。いつまでもいつまでも続いている。
 そのうち急に瞼を開けていることが辛くなってきた。眠ってしまってはいけない。そう思って、必死で起きていようとするのだが、どうにもならない。
 ひょっとすると、外界からの刺激を遮断するために、眠りに導くような信号を送られているのだろうか。だとすると、刺激されているのは、視床部、視床下部、それに脳幹とあとはどこだったか、、、。
 松田が意識を保っていられたのはそこまでだった。
 様々な想い出が一陣の風のように感情を巻き上げながら身体の中を走り抜けていった。その度ごとに、舞い上がり、落ち込み、喜び、悲しんだ。

 

 目を覚ます。ここはどこだっけ。車の中だ。車の中で俺は何をしているんだ。あ、そうだ、朝マズメをやろうとして、早く着きすぎたから、車の中で横になって待つうちに、そのまま眠ってしまったのだ。
 窓の外は、霧が流れているのか、真っ白で何も見えない。松田は、窓を開けた。流れ込む冷気に、頭がしゃきりと冴える。
 あれ、でも待てよ。たしか、脳に電気刺激を送る実験をしていたんじゃなかったっけか。
 松田はドアを開け、車の外に出た。うたた寝をしたせいで、身体が冷えきっているらしく寒けを覚えた。バッグからフリースを出して着こむ。
 時折吹く風で、霧が渦を巻く。その中から、黒くシルエットとなった木立や、濡れそぼった河原の石が浮かび上がる。見上げると、天空に太陽がぼんやりと明るくなっている。
 もう少ししたら、この霧も晴れる。その時が狙い目だろうな。でも、これって、本当のことなんだろうか。それとも、僕の脳の中で作られている世界なんだろうか。いやあるいは、脳の電気刺激だのなんだのなんて奇妙な夢を、車で眠るうちに見ただけなんだろうか。
 松田はあたりを見回し、それから確かめるように、どんどんと地面を踏みならした。
 何もおかしなところはない。足はめり込まないし、地面も消えたりしない。
 松田は、小首をかしげると、トランクからウェーダーを出し、ロッドを繋いだ。
 流れのほとりまで歩き、切れるように冷たい水で顔を洗った。フィッシングベストのポケットからハンカチを出し、首筋も拭く。
 霧を透かして目を凝らすと、水面にぽつりぽつりと波紋が広がっている。
 そんなに悪い型じゃないぞ。
 よし。
 松田は、早速フライを結びつけ、流芯の脇、ライズの少し上流に投げ入れた。フライは、流れに揉まれ、ヨロヨロと進む。が、それも一時だった。
 もわりと水面が盛り上がり、下から吸い込まれるようにフライが消えた。
 ロッドを立てる。ゴンという重い手応えが返ってくる。手元からラインがするすると出てゆく。
 岩魚だろうか。山女魚にしてはスピードがない。
 ロッドを横にいなしながら、魚の勢いを殺し、岸へと誘導する。浅場に入る度に、バシャバシャと飛沫をあげ、深みに戻ろうとする。それをどうにか堪えて、ようやく手元に寄せた。いいサイズの岩魚だった。
 フックを外し、流れに戻してやる。
 岩魚を見送って頭を巡らすと、霧は大分薄くなり、辺りの景色が朧げながら判別できる。それが見る見るうちに、高く昇った陽に焼かれたのか、薄靄が消え、くっきりと光り輝く世界となった。山の端に、残り香のように霞がかかっている。
 松田は、フリースを脱ぎ、さらに釣り登る。明るい川のあちこちでライズがあり、あるものは可愛らしく、あるものは大胆に、けれど必ずといっていいほど松田のフライに反応を示した。流れを大きく外さないかぎり、鱒たちは素直にフライに出てくれた。
 時計を見ると、もう昼前だ。
 ああ、そろそろ帰らなくちゃ。
 松田は、満足感に浸りながら、広い河原を歩いた。春の風が、頬に心地よい。
 車に戻った松田は、さすがに軽い疲労を覚えた。このままでは居眠り運転をしてしまいそうだ。松田は、シートを倒すと、軽く昼寝をすることにした。

 

 子供の声がする。学校帰りの子供たちだろうか。俺もそろそろ帰らないといけないな。どれくらい寝たんだろう。
 松田は大きな欠伸をして、目を開けた。
 あれ?ここは、、、。
 そこは松田の部屋だった。
 え、じゃ、今のは。
 松田は驚愕した。
 今、確かにいつもの川にいつものように朝マズメに出かけ、釣りをした、あれが全て電極からの刺激によるものなのか。
 モニターの画面には、「セッションは終了しました。続けますか」とのダイアログが表示されている。松田は信じられないという面持ちで、終了のボタンを押した。
 その日から松田は、病院での勤務が明けると、自宅の部屋に閉じこもり、脳内世界に浸り込むようになった。
 そこでは素晴らしい川や、美しい魚を誰にも邪魔されることなく独り占めし、心ゆくまで堪能できる。誰も入り込めない場所にある松田だけの流れだから、川が荒れることも、護岸工事で水が濁ることも、もちろん魚が減ることもない。時間が許すかぎり、松田は脳内にある理想の釣り場で魚と戯れ続けた。
 そのうち、ある不安が松田の頭の中でもたげてきた。自分の生活の中心が、脳外から脳内へと少しずつずれ込んでいる気がするのだ。本間の言葉がその不安を煽る。
「それは、堪らなく甘美で、僕を捕えて放さない至福の終末だ。快感の極みにある深い静かな闇だ」
 確かに、このまま脳内世界に引きずり込まれたら、それは死を意味する。身体から発せられる、空腹や渇きといった生理的欲求すら、脳内世界では満足させられてしまう。もちろん、それは脳内世界だけの話で、脳外の、実際の身体は飢え、渇いたままなのにだ。
 ふと、本間の残したノートの三冊目をまだ読んでいなかったことを思い出し、開いてみた。本間の字とは思えないほどに崩れた、そして弱々しい字が目に入った。

 

 もう僕はどっちの世界にいるのだか、自分でもよく分からない。
 並貴は今隣にいないけれど、隣の部屋にいるだけかも知れないし、あるいは買い物に行っているのかも知れない。こうしてノートに書いていることも、脳内なのか、脳外なのか。
 分かっているのは、並貴のいる世界と並貴のいない世界があること。
 いろいろと考えたけれど、僕は並貴のいる世界に住むことに決めた。それは、並貴のいない世界からの撤退だけれど、それはそれでいいと思う。
 セッションの時間を今、無制限にセットした。これが脳内の出来事であれ、脳外であれ、結果は同じことになるはずだ。
 僕は、並貴と生きる。

 

 ノートは突然そこで終わり、後は空白の白いページばかりが続いた。
 松田は、本間の家族がなぜ葬儀を身内だけで開いたのか、ようやく理解した。本間は、何も食べず、何も飲まず、痩せ細って、餓死したのだ。電極を頭に付けたまま。
 これは麻薬だ。脳内世界は、一度足を踏み入れてしまうと、そこから抜け出せなくなる麻薬なのだ。
 松田はどうしたら良いのか分からなかった。いや分かっていた。
 本間は脳外世界に未練がなかった。何も本間を引き止めるものがないからだ。しかし俺は違う。娘がいる。妻はともかく、まだ三歳の沙耶香を残して死ぬわけにはいかない。
 松田は、頭から電極を剥ぎ取り、コードを引きちぎった。そしてコンピュータのハードディスクを初期化して、全てのデータ、ソフトを消去した。悔いはなかった。
 これでいいのだ。これ以上この世の中に麻薬はいらない。
 松田は、コンピュータやモニターを箱に片づけ、押し入れの奥深く、目の届かないところにしまった。部屋を出て、居間にいた娘を見つけると、抱き上げ頬擦りをせずにはいられなかった。
「パパやめてよぉ、やめてったらぁ」
 松田は無性に嬉しかった。
「どうしたんですか、あなた。もう、研究は済んだんですか」
 妻は脳内セッションを研究だと信じ込んでいる。
「ああ、そうだ。あれはお終いだ。もう終わったんだよ」
「よかったわねぇ、沙耶香ちゃん。また、パパが遊んでくれるわよ」
 そう、これでいいのだ。俺は脳内でなく、こちらの世界の幸せを取ることにしたのだ。
 沙耶香の屈託のない笑い顔に、松田はこれまでにない安らぎを感じた。
 が、次の瞬間、松田の頭を疑念が、底のない疑いが掠めた。
 これは本当に、脳外世界なんだろうか。これも、脳内の出来事なのではあるまいか。
 そう思うと、松田は、居ても立ってもいられなくなってしまった。これが脳外か脳内か確かめる方法はただひとつ。釣りに行くことだ。松田は、いぶかる妻を後に釣り支度を始めた。
「まぁ、ひどいわね。せっかく沙耶香ちゃん遊べると思ったのに。パパはひどい人ですね」
 妻の愚痴を聞いてもまだ安心できなかった。
 河原に立ち、足元に散らばるたくさんのゴミ、生々しいコンクリートの護岸、ヒレの溶けたような魚、割り込んでくる釣り人を目の前にして、ようやく自分はこちらの世界にいるのだと納得できた。
 以来松田は、ちょっとでも嬉しいことがあると釣りに行くようになった。
 妻の愚痴、川の惨状を見ないと安心できないのだ。

(初出 フライフィッシャー誌2000年4月号)

 

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