闇の中にいた。
 柔らかく、どこまでもずぶずぶと埋まってゆくような闇だった。しっとりと包み込まれ、抜け出そうとすればするほど、深くはまりこんでいくのだ。
 足下に目をやっても、空を仰いでも、何も見えない。
 何もかもが、全ての物が、そして光さえもが消滅してしまったというのに、ただ、「見ている」という意識だけがこの世界に残されているかのようだ。
 その闇の中を、僕は走っていた。
 いや、走っているような気がするだけかもしれない。足の下には、何も感じられなかったから。堅いアスファルトも、ごろつく石も、柔らかい草も。でも、確かに僕は走っているはずなのだ。どこを走っているのか、どうして走っているのか、思い出せそうで思い出せないのだけれど。
 まとわりつく闇の中でじたばたしているうちに、ぼんやりと何かが浮かび上がった。
 遠くにおぼろげに見えるそれは、僕の車だった。なぜか、蜃気楼のように、揺らいでいる。
 ああ、あそこまで行かなきゃ。
 そう思う気持ちばかりが空回りして、一向に近づけない。
 それどころか一歩足を踏み出すたびに、車がぼやけていく。ついには輪郭が崩れ、混ざり合った色の塊になってしまう。
 ああ、駄目だよ、このままじゃ。
 これじゃ、また、、、。

 ピピピピ、ピピピピ。
 ピピピピ、ピピピピ。
 んん、これはなんの音だっけ。
 ええと、あ、目覚ましか。
 右手を伸ばして、止める。
 もう、五分。あと、五分だけ。
 ひょっとして、寝過ごすかもしれない。ちゃんと時間までに起きられないかもしれない。
 そんな不安を半ば楽しみながら、もう一度眠りの世界に滑り込んでゆく。
 それで、僕は新しい朝の始まりに、柔らかい空間を流れながら、静かにそして深く沈み、遠くへ去った闇の残り香を探して、帰れそうもない大地の光を身にまとい、、、。
 はっと目が覚める。
 慌てて、時計を見る。
 やべぇ。寝過ごした。
 五分のつもりが、二十分も眠ってしまっている。急いでベッドから跳ね起き、流しに走る。歯を磨く。顔を洗う。跳ね上がった髪を濡らしてなで付ける。パジャマを脱ぎ飛ばす。床に散らかっていた服を適当に着る。玄関で靴を履き、アパートのドアを後ろ手に閉める。
 ベッドを出てから、四分。
 オッシ。上出来。
 今なら、まだいつもの電車に間に合うはず。そうすれば、ぎりぎりセーフで遅刻をしないで済む。
 少し大股で、かつ早足で駅までの道のりを急いだ。
 二段飛びで階段を駆け上がり、ホームに出たときには、うっすらと汗ばんでいた。快速はまだ来ていなかった。
 ふう。ここから先は、いつもと同じ。もう焦ることもない。
 すいていそうな乗り口を探して、ホームを歩く。僕が働いているデザイン会社は、業界の常で、比較的始まりが遅い。おかげで通勤ラッシュのピークにはぶつからない。それでも、車両を選んで乗らないと、ぎゅうぎゅう詰めになることがある。
 ホームを半分も歩かないうちに、快速がやって来た。
 車両の中ほどに入り、吊り革につかまる。
 どこまでも続く家並みが広がっている。
 ふと、今朝見た夢を思い出した。いや正確には、夢の内容ではなく、目が覚めたときに味わった、なんとも言えない中途半端な気分だ。
 夢の中にいるのでもない、起きているのでもない。夢がまだ背中に張り付いていて、こちらの世界の重さが、奇妙に歪んでいる。そんな不安定さ。でも、指をちょっと動かしただけで、どこかに消えてしまうほどの儚さ。帰りたくても帰れない、柔らかなイメージ。
 それにしても今朝はなんの夢を見たんだっけか。
 確か、車が出てくるような、、。
 けれど、それだけで、あとは何も思い出せない。夢が小さな粒子に分解して、あたりを漂っているらしい気配はあるのに、形をなさない。
 溜め息が出るのと同時に、頭の中にイメージが流れた。
 柔らかくしなやかに、鋭いUの字型を描いて宙に延びてゆく、フライライン。
 なぜか最近、このイメージがよく頭に浮かぶ。
 それだけ頭の中は、フライフィッシングのことで一杯ということだろうか。
 そう言えば、最近釣りに行っていない。今週末あたり是非行くことにしよう。
 会社に着く頃には、夢の粒子は拡散してしまい、そのかわりに釣り場のことや、この間釣った魚のことなどをぼんやりと考えていた。
 今週はたまたま仕事の狭間にあたり、ちょっとした息抜き気分だった。けれど来週から忙しくなるのは目に見えている。そのためのお休み、助走期間と言った感じだ。それで、さしてすることもなかったので、仕事をしているような振りをして、インターネットで釣り場情報を集めたりしていた。
 あるホームページを見ていて、ループという文字が目に入った。その単語を見て、何かを、今朝見た夢の何かを思い出せそうな気がした。けれど、意識の触手をあちこちに延ばしてみても、何も手応えはなかった。気のせいだろうか。
 リンクをクリックしてみると、たどり着いたページにまず現れたのは、美しいU字型のループを描いて延びていく、フライラインのイラストだった。
 フライフィッシングの好きな者が作ったページらしい。
 メニューから、面白そうな記事はないかと探している時だった。
 突然、今していることを、既にもうやったことがあるような感覚、デ・ジャブに襲われる。
 既視感。
 不思議な感覚だ。
 今、ここにこうしていることは、ぼくが初めて経験すること、いや、宇宙が始まって以来過去にただの一度も起こったことのないはずなのに、なぜか、もう既に起こったことをなぞっているだけのような感覚。
 これを予知能力の弱いもの、あるいは、予知能力というものが存在する証拠の一つだという人もいる。馬鹿げた言い草だと思う。何かを感じることと、そのもとになるものがあるということは別のことだ。人間は、外界からの刺激を忠実に反映するメーターの様な機械じゃない。刺激を受けても、それを書き換え、置き換え、さらにはないものを作り上げてさえしまう生き物なのだ。
 薬の効果を考えれば、よくわかる。とても幸せな気分だからといって、何かいいことがあったとは限らない。ただ、コカインをやっているだけのことかもしれないのだ。
 デ・ジャブ感覚を引き起こす薬なんてあったら面白いだろうなと思う。楽しくないか。何だか、同じことを繰り返しているだけのような気分なんだから、逆に悲しくなるか。
 そんなことを考えながらぼんやりとページを見ていたら、「ループについて」というタイトルが出てきた。クリックしてみる。
 そこに書かれていたのは、フライラインを投げる時に、いかにタイトな、細いループを作るかの解説だった。
 そのための竿の握り方から、竿先の軌跡とループの関係まで、事細かに説明してある。
 読み進めてゆくと、今度は逆に、広いループの作り方の解説になった。とんでもなく重たいニンフを投げる時にそうするらしい。
 僕もニンフの釣りはやったことがあるけれど、ループを広げなければならないようなそんな重たいニンフは使ったことがない。砲丸でも投げるつもりなんだろうか。
 他にも、下からのループなんていうのもある。覆いかぶさるように垂れ下がった枝の、そのまた奥にフライを送り込むためのものらしい。
 フライラインのループと一言に言っても色々とあるようだ。
 結局、そのページでは、釣り場に関する目ぼしい情報は何も得られなかった。
 もともとたいして仕事もなかったので、定時に帰る。
 あ、そうだ。釣具屋に寄ってみよう。
 たまに顔を出す釣具屋へは、会社から駅に行く途中、ちょっと寄り道をするだけだ。他にこれといった店もないオフィス街の一角に、ぽつんとある。完全に、僕のようなサラリーマンを相手にしての商売だ。
 狭い店内に、こまごまと沢山の商品が並べられている。小物を入れたビニール袋が、壁一面にぶら下げられ、チカチカと瞬いている。これで店の照明を落として、ロウソクかなんかを灯したら、すごく怪しげな雰囲気になるに違いない。
 仕事帰りか、あるいは営業の途中で抜け出したサラリーマンが二人、竿を手にしている。
 どうやら、バンブーロッドを買おうかどうしようか迷っているらしい。
「でもさ、こんなん買ったのが女房にばれたら大変だよな。」
「大丈夫だよ。バンブーがどれ位するものなのかなんて、知っちゃいないさ。」
「そうだよなぁ。まさか一〇万もするとは思ってもいないもんなぁ。」
「だからさ、古道具屋で見つけたとか何とか言えばいいんじゃない?」
「それはいいとしてさ、でも、これだけ柔らかいと、ループが広がんないかな。」
「結構、実際に投げてみると、トルクはあるらしいよ。」
 二人の会話がとぎれとぎれに聞こえてくる。
 僕は、ガラスケースにずらりと整列しているリールを一つずつ眺め、何か面白いもの、新しいものはないかと探す。最近は、軸径の大きなリールが流行らしい。そうすることで、ラインに巻き癖がつかないし、ドラッグも滑らかに効くというのが売りだ。並べられているリールの中でも、軸そのものがなく、中空になっているデザインのものが目を引いた。
 確かにいいかもしれないけどなぁ。値段がなぁ。
 このところの不況で、ボーナスなんて名前ばかりの存在になっている。僕のようなぼんくらは、クビにならないだけでも奇跡のようなもんだ。
 ショーケースを離れ、壁一面に広がった小さいビニール袋の小物を見て回る。あれば便利そうな物から、なぜそんなものが作られたのかわからない物まである。鉛筆の形をしたものがあった。何に使うのか、よくわからない。説明書を見てみると、これを使えば、ユニ・ノット、ブラッド・ノット、ダンカン・ループ、オルブライト・ノット、パーフェクション・ループと言った様々な結び方が簡単にできるらしい。
 たかだか糸を結ぶためだけにこんな道具を考えるなんて、いかにもアメリカ人らしいよな。
 そのまま、ぐるっと店を回って、今度はフライを巻く材料を見てゆく。
 残念ながら、これと言って目ぼしいものもなかった。それで、ドライフライ用の鉤を数種類、予備に買っておくことにした。
 レジに持ってゆく。サラリーマンらしい男達は、まだバンブーロッドを手に、ああだこうだと言っている。店の男も、バンブーロッドが好きなのだろう。売りたい気持ちだけとは思えない熱心さで話し込んでいる。男は僕の会計をそそくさと済ますと、さっさと竿の方に戻っていった。
 これでは、いい釣り場を聞き出すなんて無理だな。
 仕方なく僕は店をあとにした。
 家に帰って、散らかったのもそのまま、フライを巻きだす。
 パターンブックをあれこれ見ながら、美味しそうな、いかにも釣れそうなものを選ぶ。
 水性昆虫が底から泳ぎ上がり、水面にぷつりと浮いて、背中が割れる。中から、まだ柔らかい成虫がもそもそと現れる。その瞬間を模した、イマージャ・フライを巻くことにした。
 水面にフライの一部だけが出るように、脂をたっぷり含んだ、CDCと呼ばれる鴨の尻の羽根を付ける。いったん根元を取り付け、それをまた折り返して、先端も巻き込んでしまう。輪っかになった羽根は、横から見るとあたかも虫の羽のような形になる。胴体には、水を含みやすい素材を使って、沈みやすくした。もともと浮力の強いCDCが、ループになっているので、ここだけは水面から突き出すように浮かぶはずだ。
 ふと思い出して、ついでに重りを一杯巻き込んだ、重たいニンフも巻いてみた。ごろんと太って、まるで何かのサナギのようだ。
 いつものように、酒を飲みながら巻いていたので、机の上にフライが一〇個も並ぶ頃には、いい加減酔っていた。
 そのままベッドに行き、横になる。
 翌日も結構暇だった。忙しい時は、どうしてこんなに忙しいのかと恨む気持ちでいっぱいなのに、いざこうして暇になると、少し不安になる。この会社、大丈夫なんだろうか。
 でも、底辺社員の僕が心配してどうなるものでもない。それで、また定時に引き上げる。
 帰りに今度は、ソフト屋に寄って、新しいゲームソフトを買った。ゼロファイター。飛行機のシュミレーションゲームだ。
 家に帰って、早速やってみる。
 なかなか難しい。最新の飛行機と違って、昔懐かしのゼロ戦で、コクピットもあっさりしたものなのだが、思ったより操縦が厄介で、どうしてもすぐに撃ち落とされてしまう。
 赤外線追尾ミサイルなんてものがない時代の空中戦だから、とにかく敵の後ろに回り込まなければならない。そして、照準の中に相手をとらえた瞬間に、機関銃を打ちまくる。 が、これが難しい。見えている敵を追っかけていると、いつの間にか別のやつに後ろに回り込まれている。それで、前ばかりでなく後ろにも注意を払わないといけない。
 ふと、小学校の頃に読んだ本を思い出した。ゼロ戦得意の戦法は、敵に後ろに付かれた時に、インバートループと呼ばれる上昇反転をして、敵を撃ち落とすのだ。
 よし、それならと、後ろに来たのを見計らって、思いっきり上昇し、反転する。
 ぴたりと照準の中に、グラマンの青い機体が収まる。
 やった。
 轟音をあげて、火を吹きながら、錐揉みをしていく。
 ざまぁみろ。
 撃ち落とし、撃ち落とされを続け、ふと気づくと、もう夜中の二時だった。
 三十を過ぎてもまだこんなことやってるから、いつまで立っても独り身なんだろうな。
 慌てて、ベッドに潜り込む。
 仕事は、相変わらず暇だった。
 資料調査と称して、古本屋巡りをすることにした。
 平日の昼間だというのに、人通りが多い。
 学生はともかく、いったい、他のやつらはどんな仕事をしてるんだろうか。
 自分のことはすっかり棚に上げて、不思議に思う。
 狭い通りを、人と車がひっきりなしに行き交う。
 目の前を「ループ民市」と言う文字が走り抜けた。
 それがマイクロバスの腹に書かれた「市民プール」だと気づくのに、しばらく時間がかかる。
 もう、だいぶ前の話だが、どこかの小説家が、車の側面に書かれた文字の左右反転について意見を述べていた。車の右側に書かれたものは、どういうわけか反転する。「くずりゅう」が「うゆりずく」になる。それが気になってならないという趣旨のものだ。
 確か、この反転をおちょくった漫画もあった。
 そのおかげか、最近では少なくなった様な気がしていたのだが、まだ、頑固に守っている人もいるらしい。
「ループ民市、ループ民市」と頭の中で繰り返してみる。ループ族という民族の集まる都市、あるいは市場だろうか。それとも、民市は「たみいち」と読んで、あまりにも宙返りがうまいので、ループ民市なる称号を授かった男の話とか。
 下らないことを考えながら、古本屋に入る。
 天井まで届く棚に、無造作に入れられた本の背を見ながら、何かが頭の中に引っ掛かっている。それが何か思い出せないのだけれど、もう少し、ほんのちょっとで意識の垣根を越えて、手が届きそうな気がする。
 けれど思い出そうとすればするほど、手がかりは薄れ、せっかく感じていた微かな存在感すら滑らかに消えてしまう。
 思案というカブトムシが、紐に繋がれて頭の周りを飛んでいる。飛びたいなら、飛ばせておけ。それが疲れて降りてきたら、手に取ってみればいいのだ。
 そう言ったのは、アリストファーネスだったっけか。でも、紐がちゃんと繋がっているのかどうか。そもそもそこが怪しくなる。そして切れて飛んでいくのは、カブトムシだろうか、それとも僕だろうか。
 古本を手に取り、ページを開いているのに、何も見ていなかった。なんの本だかもわかっていなかった。ふと我に帰り、目の前にあるものが、エッシャーの画集だと初めて気づいた。それをそっと棚に戻し、古本屋を出た。
 それ以後、週末が近くなるにつれ、何かが思い出せそうな気分になることが多くなった。でも、いったい何を思い出そうとしているのか、いくら考えても、まずそれが思い出せない。
 土曜日はどうにも雑用で抜けられず、釣り場へ向けて高速に乗ったのは、日曜日の昼前だった。
 一時間も走ったあたりから、空気が秋の凛としたものに変わる。都会では消えつつある、そんな小さなことが、釣りに出かけるんだという気持ちを沸き立たせてくれる。
 昼過ぎにいつもの山あいの村につき、そこで遅い昼飯にする。取り立ててなんと言うことのない定食だが、香の物がいかにも自家製でうれしい。
 林道を奥まで入り、入渓点のそばに停める。
 幸いなことに、他の釣り人はいないようだ。日曜の午後だから、もう皆帰ったあとかもしれない。
 さほど広くない河原を、流れのここと思われる所を狙いながら、遡ってゆく。
 せっかく作った、ループウィングのイマージャ・フライはあまり役に立たず、ニンフを水面を沈めての釣りになる。それでも、どうにかまあまあの山女魚を何尾か釣り上げた。
 いつも川から上がる堰堤下まで来た時には、だいぶ日が傾いていた。つるべ落としの秋の日が、深い谷に遮られて、さらに短くなっている。
 堰堤の下の溜まりで、小さな山女魚を釣った。鉤を外そうと、手に取って、かわいらしい姿を見た瞬間、あ、これはやったことがあると、デ・ジャブに包み込まれる。
 素早く泳ぎ去る魚を見送りながら、どうにも居心地が悪い。
 河原の石に腰を下ろして、煙草に火を付ける。
 山の頂を彩っていたオレンジ色の残照が、薄くなり、そして消えた。しんしんと寒さが下から突き上げてくる。
 夕マズメの薄暗がりに、ぽつぽつとライズが始まる。ようやく、イマージャ・フライが活躍しそうだ。
 フライを投げると、暗い水面に、待ち針の頭のように小さな白い点が浮かぶ。
 じっと凝視すると、逆に見えなくなってしまうので、その周りを注視する。
 ふっと、点が消えた。
 竿を上げると、ごつごつと手応えがある。
 何度か走られたあとで寄せる。薄暗い水際に、銀色の魚体が浮かび上がる。さっき感じたデ・ジャブがまだあとを引いて、鉤を外す手が、ぎこちなくなる。
 もう二尾釣ったところで、すっかり暗くなり、どうやってもフライが見えなくなった。まだ、ライズは時折続いているようだけれど、引き上げることにした。これから、林道を車まで歩いて、それからまた高速を運転しなければならないのだ。
 最後のキャストを淵に投げ、リールをかりかりと巻いてラインをしまう。フライを切って、胸のパッチに止める。糸を全部巻き込んでしまわないよう、端を持ちながら、気をつけてリールを回す。竿を右手に持ち、林道への上がり口を目指して、振り返った瞬間だった。
 ボクハ、コレヲモウスデニヤッタコトガアル。
 また、デ・ジャブに落ち込んだ。
 今日は、これで二回目だ。どうしたんだろう。
 少し不安になりながら、真っ暗な林道を歩き始める。
 風もなく、葉擦れの音もしない静けさの中に、足音と、ウェーダーの擦れる音だけが吸い込まれてゆく。
 二回ものデ・ジャブ。
 それを思うと、ただでさえ気味の悪い夜道が、一層不安なものになる。
 月明かりはおろか、星明かりもない暗い道を、気を紛らわせるために、大股でずいずい進む。
 あ、石が落ちてくる。
 ふと、そう思って、立ち止まった。
 耳をすます。何も聞こえない。奥底の知れない深い闇が僕の周りに広がっているだけだった。
 気のせいか。それにしても、、。
 歩き出そうとした途端、からころと小さな音がして、斜面を拳大の石が落ちてきた。
 え、そんな馬鹿な。
 愕然とした。まるで、未来を読み取ったみたいじゃないか。
 そんなはずがあるものか。
 内から沸いてくる恐怖に突き動かされて、闇の中を走り出していた。
 一度走り出してしまうと、もう止まることはできなかった。止まってしまえば、そのまま後ろに引きずり込まれるようで、たまらなかった。
 走りながら、僕の頭の中に、いつものようにフライラインのイメージが浮かんできた。けれど、それがどういうわけか、輪っかになって、ぐるぐる回っている。
 やっと車が見えてきた。
 でも、何だか、朧げに揺れて、蜃気楼のようだ。
 あ、これは。
 それは、デ・ジャブじゃなかった。僕はその時はっきりと思い出したのだ。
 僕は、これをもうやったことがある。
 これは、僕の夢だ。
 ここから出られなければ、僕は永久に続くループの中に閉じこめられる。そして、同じ仕事を繰り返し、週末になると釣りに行き続けるのだ。今週も、来週も、そして先週も。
 走っても走っても、なぜか車にたどり着けない。一向に車に近づかない。
 走っているのかどうかもわからなくなってきた。
 車は、時折、深い闇の中に沈み込んでは現れる。そして、現れるたびに、輪郭が不鮮明になり、全体がぼやけてゆく。
 ああ、駄目だよ、このままじゃ。
 これじゃ、また、、、、。

 ピピピピ、ピピピピ。
 ピピピピ、ピピピピ。

(初出 フライフィッシャー誌1999年10月号)

 

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