トラウトバム日本語版        

DIARY

5月1日

日曜日にいい感じで雨が降ったおかげで、近郊の川はどれも茶色に濁った。ようやく火曜日になってトンガリロ川がうっすらと緑濁り程度に戻ったので、うしししと下品な笑いを漏らしながら、川へ出かけた。カトルラスラーまでわざわざ20分以上もかけて歩いて行ったら、もう一人既に釣り人が入っていたので、仕方なくまた歩いて戻り、クリフプールで釣ることにした。崖を下りてみると、来る途中には誰もいなかったのに、じいさんが一人、ウェットをやっていた。きっと僕がカトルラスラーまで行っている間に入ったのだろう。しばらく様子を見てから、じいさんの上流に入る。川の流れを見て、あの筋この筋その淀みと、ねちこく攻めるがウンともスンとも来ない。目印は沈まないし、竿も曲がらないし、魚も跳ねない。じいさんに様子はどうだいと尋ねると、「なぁんにもねぇ、まったくなぁんにもねぇ」とぶーたれる。ウウム、川の色はすごくよいのになと不思議に思いつつ、河原で本を読んでいた女房のところに行き、おにぎりとお茶でお昼にする。対岸にも一人釣り人が入り、プールの下から上まで丁寧にニンフを投げていったけれど、これも「なぁんにもなし」。ご飯を食べている間にじいさんは諦めた様子で、崖を登っていってしまった。昼食後、プールの頭から岩の上までの一番美味しいところだけを、あるいはひょっとしてと欲深な気持ちで投げてみたけれど、魚の気配はまったくなく、それで僕も諦めた。
産卵遡上の鱒を狙う釣りは、群れがいつどこに入っているのか、それに大きく左右される。だから、当たり外れも大きい。結局、一番楽しんだのは、河原でひたすら走り回っていた駄犬のようだった。

5月8日

金曜の夕方に、ウェリントンより高島夫妻来訪。土曜日は、カイツナに出かけた。僕がホールに入ると、高島さんがさっと下流に回ってくださり、もしロールができなくともすぐに救助できるよう万全の体勢で望む。おかげで精神的に余裕ができたせいか、ロールに失敗したのは一回だけ。それも反対側でロールをしたら起き上がったので、よしとしよう。
夜は当然のことながらワインテイスティング大会。ボブ・キャンベルが4つ星に選び、おまけに値段が安い(12ドルと16ドル、日本円で720円と960円)、とってもお得なシャルドネ二つを飲み比べてみる。開けた当初の香りは悪くない。しかし、しばらく飲み進むうちに、首が傾く。うーむ、これが四つ星ですか。そうかなぁ。うむむむとさらに頭をひねりつつ、空にする。特に12ドルの方は、シャルドネらしさがあまり感じられず、ちとがっかり。
日曜日は、トンガリロのプチ・ウェーブでスピンとロールの練習。あんな小さい波でも、スピンが決まると気持ち良いものだ。

あちこちの翻訳会社に在宅翻訳者登録のお願いのメールを出したら、さっそく一軒からトライアルが送られてきた。American Scienceのヒト胚性幹細胞に関する記事を明日までに訳せというもの。いろいろと資料を読みつつ、言葉選びをしていく。
昼過ぎに気晴らしに、プチ・ウェーブでジョギング。

ボートの修理ができたというので取りに行き、修理費を見て驚いた。こんなくらいかなぁと言っていた値段の倍もかかっているではないか。しばらく、呆然。こんなことなら、ちゃんと書面で見積もりを取っておくのだった。

水がすっかり澄んでしまったせいか、トンガリロ川の釣り人が少し減った。明後日あたり、ちょっと出かけてみよう。

5月9日

せっかく取った「ほんやく検定 医学薬学 2級」だから、英文の履歴書にも書き込もうと、社団法人日本翻訳連盟に、正式な英文での名称を尋ねてみた。と、事務局長からメールが来て、「ない」とのこと。
へ?
日本翻訳連盟で出している検定資格に正式な英文名称がない?はぁ?なんだ、そりゃぁと思いつつメールを読み進めると、「JTF Certificate of Business Translation,2nd Class」と表記したらどうでしょうかと書いてある。うぇあ?2nd Class? おいおい、本当におまえら翻訳で食ってるやつらの集まりかよぉ。いくらなんでも2nd Classはねぇだろぉ。A Grade, B grade, C gradeとか、Level1, Level2, Level3(この場合は、Level1が3級、Level3が1級ね)とか、もうちょっと英語らしい言い方を考えてくれよ。その前に送られてきた機関誌の内容も惨憺たるもので、おかげで、この団体に対する僕の評価は、どんどん下がっている。
いずれにしても、正式名称がないということなので、履歴書にはLevel2と書くことにした。

5月18日

トンガリロ国立公園のトランピングコースであるトンガリロクロッシングの撮影の仕事が入った。日曜日にカメラ一式を背負って、歩きながら撮影したのだけれど、どうしても一ヶ所、これだという写真にならなかったので火曜日に今度はテントなどキャンプ道具一式も持って、泊まりがけで出かけた。小屋ではなく、トンガリロの山の上、誰もいないだだっ広い空間にひっそりとテントを張る。しかし、翌朝起きると快晴という天気予報とは裏腹に曇り空。三脚にカメラを据えて半日粘ったものの結局狙った写真は撮れないまま、時間切れで下山せざるを得なかった。出かける前も出かけたあとも、高気圧が張り出して雲一つない晴天だったというのに、なぜかその日だけ霧雨まで降る始末。世の中、思ったようには行かないものだ。
思ったように行かないといえば、車がまだ帰ってこない。先週の木曜日にエンジンのタイミングチェーンがかなり大きな音を立てるようになったので、修理に出したのだ。300ドルか400ドルくらいだろうということだし、走行距離も40万キロまであとちょいだから、まぁ仕方がないわなと思っていたのだが、これが一向に帰ってこない。様子を見に行ったら、タイミングチェーンを支えるステーが緩んでチェーンに触れていたので、ステーががたがたと揺さぶられ、そのためステーは折れ、そればかりかねじ穴が大きく楕円形になってしまっているとのこと。新しいねじ穴を切るには、L字型ドリルを借りてくるしかないのだが、スペース的にドリルが入らなかったら、エンジンを一端下ろして、それでやらないとだめだという。
なんか、すっごいメジャーなことになってるじゃないですか。車がない不便さもさることながら、請求書を見るのが怖くてならない。修理に出すときに、工場のおっさんに、「これが直ったら、さっさと売れ。売ってしまえ」と言われたのだけれど、真剣に考えた方がいいかもしれない。

Peter Walker「The Fox Boy」を読了。オークランド空港に女房を迎えに行った際、飛行機が遅れたので時間つぶしに何気なく買った本だったのだけれど、これが素晴らしく良い本であった。ひさびさの大当たりだ。1869年にタラナキ地方で白人移民とマオリ人の戦いがあり、その際にマオリの子供が一人誘拐され、いろいろな経緯の後、時の首相William Foxの養子となるのだが、この子供を丹念に史実にそって追いかけたドキュメンタリーである。この子供の周りで起こった様々なことや、植民地政府のマオリに対するひどい仕打ちなどが当時の新聞や手紙などをもとに細かくつづられており、特にParihaka(パリハカ。タラナキ地方の一村)で起こった事件が感動というか、感心というか、心を打つものであった。以前から、パリハカという名前はたまに耳にしていた。ハーブスというバンドが歌にしていたし、またパリハカをメインテーマにした芸術作品のエギジビジョンも去年だか、一昨年だかにやっていた。しかし、パリハカで一体何が起こったのか、詳しくは知らなかったのだ。
簡単に説明すると、パリハカには、テ・フィチ(Te Whiti)というリーダーがおり、彼は非常に理性的で、かつ強い求心力を持っていた。僕が感動したのは、彼の信念が、徹底した「無抵抗、不服従」だったからである。インド解放の父、マハトマ・ガンジーより数十年も早く、かつ教育などによる感化ではなく(ガンジーはイギリスで大学教育を受けている)、自らの内省により、白人とマオリ人の共存をめざし、そこへ至る道として「決して戦わず、しかし決して服従せず」という高みに至っているのだ。パリハカが移民達の軍に包囲されても(このこと自体が政府と移民達の横暴以外の何ものでもないのだけど)、毅然とした態度で「無抵抗、不服従」を貫き通した(もし、ちょっとでも抵抗したら、政府軍は村人を皆殺しにするつもりであったらしい)。テ・フィチの素晴らしさに比し、政府は、彼ともう一人の酋長を逮捕しただけではなく、裁判をしないまま刑務所に彼を入れることができるよう、その直後にわざわざ法律まで改正している始末だ。
白人の移植開始とほぼ同時にワイタンギ条約が結ばれ、マオリ人と白人移民は同等の立場に立っていたはずなのに、植民地政府は、条約のことなどまったくないがしろにし、土地収奪を突き進めていた様子がはっきりと見える内容であった。ニュージーランドの歴史、マオリと白人の関係に興味がある人は、是非とも読んで欲しい本です。
今度、時間ができたら、パリハカまで出かけてみようと思う。

5月23日

車がようやく直った。スムースである。静かである。快適である。これまでエンジンがガラガラとすさまじい音を立てていたのが嘘のようだ。あとは修理の請求額が安いことを祈るばかりである。

昨日、今日と断続的に激しい雨が降っている。きっと川は今ごろ濁っているかもしれない。それともこのところずっと日照り続きで土はからからに乾いていたから、みな染み込んでいるだろうか。あとで見に行ってみよう。

駄犬を散歩させるときに、フリスビーで遊んでいる。投げるとそれをすさまじい勢いで追いかけていく。地面に落ちる前に、飛び上がって空中キャッチをするのが、駄犬も面白くてならないらしい。その様子を見ていて思うのだけれど、ラブラドールって、こういう犬だったっけか?なんか、違うような気がするのだが。

夕方に川の様子を見てみたら、山並みのこちら側に水源のあるワイマリノ川、ワイオタカ川は水位が上がって真っ茶色に濁っていたが、山の向こうから流れてくるトンガリロ川は水位も水の色もあまり変わらず。あれだけ降った雨も、ほとんど地面に吸い込まれてしまったようだ。とりあえず、明日は釣りざおをもって出かけてみよう。

5月27日

金曜の夜に、根岸さん、黒木さん来宅。ああだこうだごちゃごちゃいいながら、ワインを4本倒す。
土曜日は、トンガリロ川で釣り。いい感じにうっすらと色が入っていたのに、魚は入っておらず、あちこちをしつこくくまなく狙って、ようやく釣れるという感じ。タウランガ・タウポ川に転戦したら、ごっちゃりと釣り人がいた。すごすごと引き上げ、ワイマリノ川に逃げ込む。結局ここでも敗退して、打ちのめされて帰宅。その晩は、またまたワインを4本とシャンペン1本を空ける。
翌日曜日はどこに行こうか迷った揚げ句、タウランガ・タウポ川に賭けることになった。中流部は、去年の暮れにあった大水で流れがまったく変わってしまったと聞いていたのだが、まだ行ってなかったので、その確認もかねてのお出かけだ。着いてみると、以前はだだっ広い牧場だったところをほぼ湖と化しながらトロトロと流れているではないか。昔の川にも少しくらいなら流れはあるだろうと歩いていってみたら、水も何も完全に干上がって元の川底には草が生えている始末。ありゃまぁと嘆きつつ、流れを求めて水のない川を歩くこと小一時間。ヘトヘトになるころ、ようやく本当の川に出会った。群れは入っていなかったものの、トンガリロ川よりははるかにましで、良い鱒と久々に遊んでもらう。でっぷり太った雌だったので、イクラ欲しさに迷わずキープ。

5月29日

とある翻訳会社のトライアル(試験翻訳)をやり、この月曜日に提出したのだけれど、今日、突然、その中でとんでもない間違いをしていたことに気づく。がーん。後の祭り。踊り場の知恵。頭がくらくらとし、しゃがみ込んでしまう。がっくりときて、立ち直れないほど落ち込む。
もっと、もっと勉強せねば。

それはさておき、日曜日にキープした鱒は、たっぷりイクラが入っていただけでなく、身も真っ赤だった。半身は塩、半身は味噌で漬け、イクラはショウガ醤油に浸しておき、それを昨晩、今日と二日続けていただいた。いや旨い。溜め息が出るほど、美味しい。この週末はクイーンズ・バースデイで3連休だから、かなりの人出が予想される。その前を狙って、金曜日あたりに釣りに行こうかなぁ。

5月30日

知り合いからカモの羽根を貰う。それに添えてあった手紙には、野生のマラード・ダックのCDCだとあった。しかし、それにしては量が多い。ということは、多分、尾っぽの付け根にある脂腺の周りの羽根(本当のCDC)だけでなく、下生えの羽根で、ある程度柔らかいものを、みなCDCと呼んでしまっているのだろう。確かに、あれだけ世界中でもてはやされているCDCが、どれもこれも脂腺の周りの羽根だけということはあるまい。とてもじゃないが、そんなに大量にカモが存在するとも思えないし。それでふと思いついたことが二つ。
水鳥の下羽根なら多分どれでも似たような働きをするだろうから、いっそのこと、白鳥、黒鳥のCDCなんてのは、どうなんだろうか。タウポ湖にかなりたくさん黒鳥がいて、保護もされておらず、狩猟期には撃ってもいいことになっている。だから、羽根を誰かからもらってと思ったのだけれど、残念なことに肉が泥臭いらしく、そのせいで真剣に狙っている人はいないようだ。それなら今度、湖に釣りに行ったときに、後ろからこっそりと黒鳥に近づき、あの細長い首をコキッとやって、、、。
CDCの浮力の良さは、こまかい綿毛に油分が染み込んでいるところに起因している。なら、ごく普通の綿毛に脂を染み込ませてしまえば同じ効果が得られるはず。そういう単純な発想で、さっそく実験してみることにした。ビニール袋にカモの綿毛と油を入れ、しばらく漬けておいてから取りだし、余分な油分をふき取ればいいだろう。どうせやるならなるべく比重の軽い油を使おうということで、植物性油脂の比重を調べてみた。ごま油、大豆油、オリーブオイル、綿実油、ひまし油、ピーナッツオイル、ヒマワリ油、コーン油、サフラワーオイル、ホホバオイル、アボカド油の数字を比べてみると、一番軽いのはオリーブオイルということが分かった(比重0.908-0.914)。それでビニール袋に綿毛を入れ、台所にあったトルコ製エキストラバージン・オリーブオイルを注いだのだが、ガーリックも入れたほうがいいだろうか?
あ、今ふと気づいたのだけれど、油の比重だけでなく、粘性も調べるべきだった。油がドロッとしていたのでは、綿毛の細かいポワポワが固まってしまわないか?うーむ、またしても後の祭り。ちぇっ。