トラウトバム日本語版        

DIARY

1月3日

何ということはなく、年も明け、相変わらず仕事がつまっているので元旦から働く。それでもどうにか昨日は誕生日だったのでお休みをして、午前中は畑いじり、午後遅くに湖でカヤック、夕飯のあとには遊びに来てくれた根岸さんと夕まずめ、そしてその後の酒宴と私の好きなことだけをぎっしり詰めた一日を送ることができた。ありがたい、ありがたい。
夕まずめは、前回のポイントにいったのだが、前回はライズしていなかった場所で2尾ほどまぁまぁのやつがばしゃりとやっていた。顔や頭にばしばし当たるほどカディスが飛んでいるし、魚の出方も派手なスプラッシュライズなので、これはいただき、ごちそうさまと舐めてかかったら、結構てこずらされる。カディスではなく、浮きがいいからという理由でバイビジブルを使っていたのだけれど、やっぱりシルエットが全然違うせいかなかなか食わない。なんとか騙して1尾は釣ったものの、もう1尾はまったく相手にしてくれない。それで仕方なくカディスに替えたら食ってくれた。

根岸さんにたくさんのアジ、タイ、マオマオをお土産にいただく。これでしばらくは海の幸に恵まれた食卓を堪能できる。ありがとうございました。

実はつい数週間前まで、自分は43歳だとばっかり信じ込んでいた。それが44歳だと気付いたと思ったら、いきなり45歳。まだ心の準備ができてねぇよ、と言ったところでどうなるものでもなし。この1年をかけて、じわじわと45歳を噛みしめよう。

 

 

1月8日

高島さんにお借りしたカヤックの教則ビデオとDVDを見て、いそいそと湖に出かけた。ああして、こうして、そうすれば、ほれこの通り、バウは沈むは、スターンは沈むは、ぐるぐる回るは、縦にも横にも自由自在、というので、なるほどなるほどと思ったのだが、やっぱり何にもできない。悔しい。もっと練習しなければ。

暮れに、「大きな仕事が入りそうなのだが、それにはまずお客さんの用意した試験用の翻訳をやって欲しい」といわれ、なんとか無事試験にはパス。一人でやるにはあまりにも大きすぎる分量と短い納期なので4人で分担することになり、翻訳会社が各自の割当を決め、原文も届いた。いざとりかかろうという矢先に、翻訳会社に一人から「もう、翻訳業は辞めました」との連絡があったらしい。おかげで一人当たりの分量がゴンと増え、ひいこら言って働くはめになってしまった。
おい、こら。辞めるつもりなら、最初から仕事を引き受けたり、そもそも試験まで受けたりするなよ、と思ったのだが、きっとよんどころない事情があるに違いない。それで、決して暇ではないのだが、考えてみた。

1. 実家が魚屋で、年老いた両親が切り盛りしていたのだが、父が倒れたため、母はその看病で商売どころではなくなった。店を閉めようにも、お得意さんとの付き合いやらなにやらでそうするわけにもいかず、急遽、息子(あるいは娘)の元翻訳者が家業を継ぐことに。魚屋は仕入れなど朝も早いので、とてもじゃないが二足のわらじは履けないので、翻訳を廃業した。

2. これまで、医薬品関係の翻訳をずっとやってきたけれど、実際にやりたかったのは特許関係の仕事で、この度、めでたく弁理士の資格も取れ、特許事務所での採用が決まったため、割の合わない翻訳業などさっさと辞めた。

3. 親の遺産が転がり込み(このバリエーションとしては、宝くじが当たった、高給取りと結婚した、なども含む)、働かずとも食っていけるようになった。

4. いやになった。本当に心の底から翻訳がいやになった。誰が翻訳なんかするもんか。英語も日本語も見るのも嫌だぁ。と、パソコンを窓から放り投げた。

5. 某半島の国に拉致された。

馬鹿なこと言ってないで、仕事しよっと。

昨日仕事をしていて、やや受けた誤変換。
海面上の鵜匠
海綿状脳症よりもどこか風情があっていいな。

 

 

1月13日

一時はどうなることかと思った翻訳のお仕事がなんとか山を越え、先が見えてきた。とりかかった当初は、分量の多さに締め切りの2月中旬まで休みもなく働き続けることになるのかと呆然としていたのだが、その危険はかろうじて回避。おかげでこれまで通り、暇を見てはカヤックに行ったり、釣りに行ったりできそうだ。
カヤックといえば、3日ほど前、部屋の中で180のおさらいをしていて、これがひょっとしてバウを沈める鍵なのではないか、ということにふと思い当たった。いや、そうに違いない。きっと、そうだ、と想像の中では見事綺麗にバウを沈めている自分をすでに思い描いてしまっているので、すぐにでも湖に出かけ試してみたくてしょうがない。おかげで、目の前にニンジンをぶら下げられた馬よろしく、昨日、一昨日ときりきりと頑張って仕事をこなした。今日は、3時までに仕事を片づけ、湖に出かける予定。

で、実際はどうだったかというと、、、。

うまく、いかなかった。
うーん、やっぱり頭の中のイメージ通りに体が動かないんだよなぁ。左手がどうしても邪魔をしている。やらなくてもよい動きをしてしまっている。この癖をどうやったら抜くことができるのかといえば、これはもう練習しかない。なんとか仕事を頑張って、今週はもう一度くらいカヤックにいけるようにしよう。

 

 

1月20日

山は越えた、と安心していたら、とある仕事をすっかり丸々綺麗さっぱり忘れていたことに気付いた。あははは、あぶない、あぶない。思い出したのが締め切り前だったので穴はあけずにすみそうだけれど、おかげで今週はまた忙しく働く羽目になった。カレンダーにやらなければならない仕事をすべて書きだしてひとつひとつ潰していかないと、どっかでまた忘れてポカをやりそうだ。

アッパーハットの高島さんがどうやら自宅の庭にピザ用のオーブンを手づくりしているらしい。すごいことを始めたもんだ。なるべく早い時期にトンガリロ川の石を持参してちょこちょこと手伝い、そのことを一生恩に着せて美味しいピザを食べさせてもらおうと狙っているのだが、問題なのは高島さんが石積みを終えるまでに行けるかどうか。間に合わなかった場合は、ワインと物々交換ということでなんとか許していただいて、焼き立てのアツアツを食べさせてもらおうっと。

今日は、夏だということが信じられないくらいガツンと冷え込んでおまけにすさまじい風。つい数日前までTシャツ短パンで気持ち良く過ごしていたのに、Tシャツの上にトレーナー、さらに厚手のフリースを着込んだだけじゃ足りなくて、ひざ掛けまでして仕事をしている。こんなん夏じゃねぇじゃん、と叫びたいくらいだ。まぁ、不幸中の幸いというか、遊びたくても遊べる状況じゃないからまだいいようなものの、これがやっとのお休みにぶつかりでもしていたら、ドンガラガッチャンとちゃぶ台をひっくり返して暴れていたろうな、きっと。

 

 

1月21日

昨夜は、この仕事の忙しいときにこんなことをしてちゃいけないよな、と思いつつ、久しぶりにネットをふらつきあれやらこれやらを読む

何やら良く分からぬ渾沌のなかでどうにか顔だけを水面から突きだし、流れるまま、波にさらわれるままに生きてきた私なので、こういう人たちの生き様や書いているものに触れると、よっしゃぁと口先だけ真似したくなる。しかし、カッコだけ真似て拳を振り上げたは良いものの、さて何をどうするのか、何をしたいのかと具体的に考えているうちに、手を振り上げた分だけ浮力を失ってずぶずぶと渾沌の中に沈み込んでゆく。それで慌てて手を下ろし、また顔を空に向ける情けなさ。

未払い翻訳料がとうとう5か月分も溜まり、ついにUS1万ドルを突破。とりあえずどうにか暮らしていけているからまだいいが(畑の作物に感謝!)、はたして自分には金があるのかないのか、はたまた喜んでいいのか不安におののかなければならないのか、よく分からなくなってきている。
たしか、ガイドをやっていた時にも、仕事が順調に回るようになったと思ったら、旅行会社からの支払いが滞りだしたような気が、、、。
私のところにお金は回ってこない運命になっているのだろうか?

 

 

1月23日

このところ忙しくて、なかなか釣りにいけない。
そんなことを知り合いのキウィに話したら、「なんだ、お前。すっかりキウィになったと思っていたのに日本人に戻っちまったのか?」とからかわれる。アタタタタ。返す言葉もなし。
しかし締め切りのある仕事は、明日に延ばす、ということができないのだからどうにも仕方がない。今はまだ夕方の5時なので、これから夕飯を作って、タローを散歩させて、夜寝るまでに原稿を一本書くつもり。いや、何がなんでも書き終える。そうすれば明日は一日お休みだぁ!
天気も悪くなさそうだから、トンガリロ川の下流にセミの様子を見に行こう。夕方には戻ってきて、カヤックまでやってやろうじゃないか。でもって、ビールを飲んで、ワインを飲んで、ラムだってかっくらってやるぞ。

クック諸島に一緒に行ったティムから、ボーンフィッシュの情報が送られてきた。クック諸島の中でも僕たちが釣りをしたアイツタキ島ではなく、ほとんど人の行かない離れ島で良い釣りができるらしい。それはいいのだけれど、「ほとんど人の行かない離れ島」に一体どうやって行くんだろう?簡単な方法があるなら、「ほとんど人の行かない離れ島」にはならんだろうに。とはいえ、気になる情報なのでいろいろと調べてみよう。あの凄まじい走りは体験できたものの完敗を喫したわけだから、なんとか雪辱戦に挑み、顔を拝まねば。

 

 

1月24日

芝刈りやらボートトレーラーのWOFやらで午前中は潰れてしまい、結局家を出たのは12時。一昨年の大水でトンガリロ川の下流に向かう道は水没したのだが、もう直っているだろうと甘く見ていたらいまだに水没したまま。本格的なオフロード車ならいざ知らず、私の車はごく普通のものなので、仕方なく歩くことに。ウェーダーは履かず、ひざ下までのショーツだけで釣りをするつもり。ただ、これではむきだしのスネが草むらで切れ、ひどいときにはこっそりと潜んでいるブラックベリーのトゲに引っ掛かれて無残なことになるので、その対策として靴下を履けばバッチリじゃんと車に放り込んできた。しかしいざ履こうと思ったらズック靴を入れるのを忘れたことに気付き、結局ショーツにサンダルといういい加減ないでたちで釣りを始める。
トンガリロ川下流はいつものことながらたくさんの大きなブラウンがいる。しかし、問題はそのほとんどが寝てマスだということ。流れのゆるやかな、背びれが出てしまいそうなほど浅い場所にいて、日光浴でもしているのか、じっとしたまま動かない。こんなやつにはどんなフライを投げても無視されるだけと経験上分かっているのだけれど、ひょっとしてなにかの拍子に食ってくれるかも、と大きな欲望に突き動かされた淡い期待とともに全て狙って、全て沈没。経験から学ばない馬鹿な私。
深いプールの頭にある木の下で、やっとセミフライに反応してくれたのに、なんとすっぽ抜け。思わずFワードなどが口から出るけれど、悔しさよりも魚が出てくれたことの嬉しさで心は満開。その後二尾釣り上げ、二尾バラシ。
土曜日の午後だというのに、釣り人の姿はどこにもない。
たった一人でこの広い空間を占領しているのだ。なんて贅沢なこと。そう思いながら午後4時に草むらを歩いて車に戻った。

カヤックはできなかったものの、ビールを飲んで、ワインを空けて、ラムをかっくらって寝た。幸せな一日。

 

 

1月27日

僕は、トラウトバムではない。
某釣り雑誌には、あたかも自分がトラウトバムであるかのような原稿を書いた。実は舞台裏をあかせば「僕はトラウトバムではありません」と書いた最初の原稿が没になり、書き直しを命じられて書いたものなのだ。もちろん、書いたのは僕なのだから如何なる責任も僕にあるのだけれど、まぁ、そのくらいの嘘は許されるだろう。いや、許してください。
で、なぜ、僕がトラウトバムではないか。
つまり、こういうことだ。これからの3週間毎日トンガリロ川の下流に行き、セミフライを岸のえぐれや枝の下に投げていれば、かなり高い確率で70センチを越える10ポンドクラスのブラウンが釣れる。そう分かっていても、そのために今やっている仕事をうっちゃって出かける気はまったく無い、ということなのだ。
今月は、これまでにないくらい仕事の量が多かった。だから、食べるだけに必要最低限という枠は軽くオーバーして稼いでいる。翻訳をやりますと言った当初は、原稿料やら何やら全部を入れて、月の売上げが4000円だったことを思い出すと長足の進歩である(一体どうやって食べていたんだろう?)。では、食べるために最低限の仕事が入った段階で、その後の仕事は全て断り、釣りに出かけるかといえば、そんなことはしない。いや、小心者の僕にはできない。仕事を断ったら次から仕事を回してくれない不安があまりにも大きすぎて、来たものは拒まず、全て受け入れている。
だから、僕はトラウトバムではないのだ。

マス釣りのために全てを投げ打ち、窮々とした生活をものともしないトラウトバムでもないし、かといって世界各地に出かけ、高級釣りロッジをベースにガイドに案内された釣りをするトラウトブルジョアでもない。日々の生活をなんとか営みながら、暇を見つけて近くの川や湖でぱちゃぱちゃと遊んでいるのだから、トラウトプチブルと言うところだろうか。

明日から3日間は、お休み。1日はボートを洗わなければならないので遠出はできないけれど、あとの二日は釣りに行こうか、山登りに行こうか、現在思案中。

 

 

1月31日

お休み1日目。ボートを洗い、コンパウンドで磨き、ワックスをかけた。あとは値札を付けて道路ぱたに置いておくだけだ。誰か買ってくれますように。パンパン。
お休み2日目。起きたら昼。釣りに行こうかどうしようか迷ったけれど、昨夜読み始めた本(Noam Chomsky, Power and Terror)を手に取ってしまったため、アウト。思ったよりすらすら進み三時頃に読了したので、湖に行きカヤックの練習。最初の第一回目でいきなり綺麗にバウが沈む。オホホホホ、と喜んだものの後が続かず。どうやっても絶対にバウが沈まないならカヤックのせいにできるのだが、こうしてたまにずばりと沈んでくれるものだから余計に悔しい。夜はタウポに行き「ラスト・サムライ」を観る。どってことのない映画で、これがニュージーランドで撮影されたものでなかったらきっとわざわざ行かなかったろう。
お休み3日目。どうしようかなぁ、釣りに行こうかなぁと思っていたら、どしゃんぐしゃんと雨が降り始めたので、一日読書。

2月は、仕事もぼちぼちでなかなかいい感じかも知れないぞ、と思っていたのにいろいろと行き違いがあり、結構な量の仕事が入ってしまう。仕方ない、淡々とこなすのみ。